インタビュー[1/1と1/35、2つのラコタの誕生秘話]

『MS IGLOO 重力戦線』第1話に登場し、ハードグラファーのハートを鷲づかみにした地球連邦軍の高機動車両「ラコタ」。すでに『第50回静岡ホビーショー 第22回モデラーズクラブ合同作品展レポート』でもお伝えしたように、2011年5月に開催された「第50回静岡ホビーショー 第22回モデラーズクラブ合同作品展」では、「プラモデルを1/1でつくる会」の手になる1/1モデルも展示され、大きな反響を呼んだ。
さらにはこの7月、ホビージャパン社から「機動戦士ガンダム U.C.HARD GRAPH 鋼鉄の軍馬 1/1 ラコタ&サウロぺルタ写真集」がリリース。しかもこの写真集には、1/35ラコタのプラキットが付録として同梱されるのだ!

ただ、実はこの1/35ラコタ、付録として世に出るまでに、数奇な運命を辿ってきたらしい。その紆余曲折とキットの見どころ、そして『U.C.HARD GRAPH』との関係とは? バンダイホビー事業部の江上嘉隆氏と、ディレクターの今西隆志氏に聞いた。

日の目を見なかった1/35、喝采を浴びた1/1

——早速ですが、これが写真集の付録につく、1/35ラコタの現物ですか(※写真参照)。

江上:ええ。まだ金型製作中のもので、ペット素材のフロントガラスはありませんが。

——お!? ドライバーのフィギュアは、『重力戦線』1話のルイス曹長なんですね。

江上:はい。もちろんドライバーだけでなく、ディテールも『MS IGLOO』のCGデータどおりに作っていますよ。

——なるほど。こうしてサウロペルタと比べると、感慨深いものがあります。

今西:でしょう? でも、実はここに至るまでには、いろいろ複雑な事情があったんです。

——……え、そうなんですか?

今西:ええ。ご存知の通り、もともと『U.C.HARD GRAPH』は、『MS IGLOO』と謂わば表裏一体の関係にあるんですよ。

江上:人物までCGで描かれた『MS IGLOO』のリアルな作風を受けて、その世界観をガンプラで商品化したいというのが、そもそものコンセプトでしたからね。

かつてラコタのキットが開発されていたことの証拠写真。2009年の「第48回 静岡ホビーショー」ではU.C.HARDGRAPHシリーズのラコタが「企画中」として展示されていた。

今西:ですから、劇中のCGデータ提供はもちろん、HPまでほとんど一体化していた(笑)。もちろん『重力戦線』も同様でしたから、実は1話に登場するラコタも、今回の1/1製作よりずっと以前から、『U.C.HARD GRAPH』のキットとして開発を進めていたんです。

江上:設計もほぼ終わっていて、2009年5月の静岡ホビーショーでは、参考出品という形で展示もしていました。)

今西:ところが残念なことに、この時はいろんな事情で商品化には至らなかったんですよ。しかも、以降ずいぶんシリーズの間が開いたものだから、第7弾のコア・ファイターをリリースした時には「U.C.HARD GRAPH、復活!」みたいなことも言われてしまって。のんびりはしてるけど、別に終わってないですから!(笑)

——しかし、ではなぜ今になって、ラコタのキットが世に出るんです?

今西:最初のきっかけは2009年の8月、『MS IGLOO』のメカデザイナーである山根公利さんからご連絡を頂いたことでした。どうもお知り合いに早川薫さんという方がいらして、実物大のキャラクター・カーをお造りになっている、と。

——以前このHPでもご紹介した「プラモデルを1/1でつくる会」のメンバーの方ですね。

今西:ええ。その早川さんが、今度は『U.C.HARD GRAPH』の「ジオン公国軍サイクロプス隊セット」に入っていたサウロペルタを、1/1にスケールアップした自動車を作ろうとお考えになった。ただ、なにしろ本物の自動車ですから、我々版権元の許諾を取っておこうと。そこで人脈を辿っていったら、よりによってデザインしたご本人である山根さんに行き着いたようなんです。その山根さんから「こういう話があるんだけど、どう?」という打診があり、「こんな(いいイミで)バカなコトする人、そうそういないだろし」ということで(笑)特例的に認めることになったんですよ。
 さらに、認めたからには世間の人にも知って欲しかったので、模型雑誌『月刊ホビージャパン』さんに、「紹介してもらえませんか?」と働きかけていきました。

——その結果が、こちらの1/1サウロペルタというワケですか。

今西:ええ。おかげさまで反響も大きかったようですね。そのせいもあってか、大橋さん、早川さんをはじめメンバーの皆さんが、「次はラコタでどうでしょう」と!(笑)
今年のホビーショーで展示された1/1ラコタは、こうして誕生したんです。

「しつこく願えばいつかは叶う!」

「ジオン公国軍サイクロプス隊セット」に同梱のサウロペルタと、今回の付録となるラコタの2ショット。軽自動車クラスのサウロペルタに対して、ラコタの大きいことと言ったら!

今西:ですから、同じ1/1でもサウロペルタとラコタでは、微妙に状況が違っていたわけです。サウロペルタの時はまずプラモデルがあって、映像もあって、それを1/1でという流れだったんですが、ラコタの場合は元になるキットが存在していなかったんですね。厳密には試作段階のものがあったんだけど、世に出ていなかった。
 ところが逆に、そんな「つくる会」の皆さんの想いが、結果としてラコタのキットを世に出すことになったんです。と言うのも、1/1ラコタの製作がスタートした直後、「つくる会」の活動を紹介してきたホビージャパンさんとのあいだで、「2台目も出来そうですし、写真集作りませんか?」という話が持ち上がったんですよ。ただ、それだけではウリが弱いので、「じゃあ発売されなかったラコタのキットを付録につければ、バッチリじゃないですか!」と。これに関しては江上さんが、ホビージャパンさんを相当口説いたんじゃないかな?

江上:がんばりました!(笑) 実際、ホビージャパン社の写真集に、載ってる車のキットがつくというのは、大きなセールスポイントになると言っていただけました。でもこれ、最初に言い出したのはサンライズさんでしたよね?

今西:サンライズというか、ようするに僕なんですけどね(笑)。

——しかし、それでキットつきの写真集を出してくれるホビージャパンさんも太っ腹ですね。

江上:そのご決断には、本当に感謝しています。まあ、こういう言い方は不謹慎かもしれませんが、お互いがお互いを言い訳にしていたようなところも、あったと思います。ホビージャパンの担当さんは「バンダイがキットつけるって言ってますから」、私は私で「ホビージャパンさんがつけたいって言ってますから」みたいな(笑)。

今西:ともあれ、そういう経緯をご存じない方にとっては、今年のホビーショーはちょっと不思議な展示になっていましたね。1/1ラコタは「プラモデルを1/1にした」わけじゃないんですけど、会場には1/35のラコタも展示してあって、しかもそれが1/1写真集の付録についてくる。さりとて1/35は1/1の縮小版でもなく、実はずっと以前から存在していた、という。

——なるほど。いろんな方の情熱がうまい具合に噛み合って、ラコタが再び日の目を見た、という感じですか。

今西:というよりは、それぞれの立場で執念深い人がいたというかね(笑)。「なんとかしてキットを世に出したい」とか、「どうにかして1/1を作りたい」とか、「写真集イイですね!」っていう、ヘンにアツい人たちが寄り集まったんだから、「そりゃ、こうなるよね」と。『SEED』や『00』みたいなメジャーどころとはまた違った切り口で、ガンダムワールドの裾野を拡げるプラモシリーズならではの、地道な活動の結果と言いますか、「しつこく想えば叶うんだ!」っていう(笑)。

江上:ホント、少しづつ開墾して、畑を広げているような感覚ですよね(笑)。

本気だけれど「ほどがいい」、絶妙なさじ加減

1枚で綺麗にまとめられたラコタのランナー。因みにこの成形色は今西監督の指定によるもので、本来のラコタの色に限りなく近いのだとか。『重力戦線』1話のラコタと色が違って見えるのは、CGモデルに汚れと退色表現が加えられていたからだそうである。
※商品では梱包の都合で、タイヤの部分が分割されて、2枚になります。)

今西:ただ、こういう事情からもお分かりと思うんですが、キットそのものは付録用に急造したモノではなく、遙かに手間のかかった製品なんですよ。ですから僕個人としては、これを「付録」とは思っていません。むしろコア・ファイターに続く、『U.C.HARD GRAPH』の第8弾です! ……いや、このあとのキットが第8弾になるかも知れないから、ホントにそう呼んでいいのかはわからないんだけど(笑)、少なくとも開発側としては、これまでのキットと何ら変わらない開発思想で作ってるんですよ。模型屋さんでパッケージを売ってるか、書籍についてくるかの違いだけで。

江上:もちろん本の付録という形態上、ランナー1枚に収める必要から、簡略化した部分もあります。例えばタイヤの裏側などは、1パーツで成形する関係上、どうしても肉抜き穴があったりします。ここは、もとの製品版の設計では2分割でホイールも別パーツだったんです。なにせ、もとはランナー4枚構成の設計でしたから。

——えぇ! そんなにですか?

江上:そもそもの仕様ではリジーナを載せるラックや、1号車と2号車を作り分けるパーツもついていましたし、ステアリングも切れるようになっていましたしね。フィギュアもルイスだけじゃなく、バーバリーと車載機銃のガンナーが付く予定でした。ただ、省略したのはあくまでパーツ分割や付属品の類で、成形で抜ける方向のディテールは省略されていません。むしろランナー1枚に圧縮してみたら、「最初からコレで良かったかも」って思ったぐらいです。本来の仕様だと「懲りすぎだったかなぁ」と。

——確かに最近のミリタリー模型って、キットも周辺環境も尋常じゃなく進化していて、もはや「エッチングパーツぐらいは当たり前」ってレベルですものね。でもそこまで行くと、初心者にはとても手が出せないんですよ、おっかなくて(笑)。

江上:細いパーツを折っちゃったり、ピンセットで摘み損なって行方不明にしちゃったら、がっかりですよね!(笑)でもこのキットなら、フィギュアとバックミラー以外は接着剤不要だし、細か過ぎる部分もありませんから、楽しく作れると思いますよ。逆にU.C.ハードグラフを支えて下さってる皆様なら、作り込むのはお手のものでしょうし。

——それこそリジーナを載せてみたりとかですね。でも、やっぱりバーバリーのフィギュアは欲しいです。そのへん満載のパッケージ版、出ませんか?

今西:そりゃあ江上さんとしても、欲目はあるんでしょう? もっと精度のいい、パーツもたくさん付いたヤツ。

江上:もちろん! ただまあ、高いハードルは幾つもありますしね。まずはやはり、「地球連邦軍 対MS特技兵セット」なども、ぜひ合わせてお買い上げくださいと!(笑)

今西:だから、別に「パッケージ版の発売は決まってるのに、簡易版を付録でつけた」みたいな、後出し商法じゃぜんぜんないですよ! そこはすごく素直に、「コレが好評だったら、出せたらイイな」という話で。

——ぜひ期待したいです。しかし、まさかガンプラで「このジープ、フルセットで欲しい!」と思う時代が来ようとは!

江上:まあぶっちゃけ、ガンプラに見えないですけどね!(笑)「ホビージャパンさんの別冊に初めてフルキットのガンプラがつきます!」って言われて買いに行ったら、「え、コレ!?」みたいな。

今西:ね? ちゃんと裾野は広がってるでしょ?(笑)

「人のドラマ」を演出する、ラコタらしい遊び方

——では、おふたりとしては、このキットをユーザーの皆さんに、どう楽しんで欲しいですか?

江上:私がラコタを出したかったのは、今まで『U.C.HARD GRAPH』で発売したほとんどのキットと絡められるからなんです。リジーナ(対MS特技兵)はもちろん、ホバートラックや61式戦車の隣に置いても、大きさの対比が強調されますし。コア・ファイターにも、機体をラコタで牽引するためのパーツをつけてあります。ジオラマのような凝った作品にしなくても、フィギュアと絡めて隣に飾っておくだけで、世界観が広がると思うんです。

今西:宇宙世紀の風景には必須のアイテムですよね。キットには我々が描き起こした、バーバリー隊とは別のマーキング・デカールも付きますし、遊び甲斐はすごくあるんじゃないかな。

——1/1の写真集を眺めながらっていうのも、イメージが広がりそうですね。

江上:「ガンダム世界に人間がいる」っていうリアル感は、やはり1/1の車両を見ると、すごく伝わると思うんですよ。その感覚は、ぜひ1/35にもフィードバックして頂きたいです。

今西:やっぱりね、そこが「スケールモデル」本来の魅力なんですよ。別に批判するわけじゃないですけど、MSのキットのスケール表記って、「設定全長を1/100にしたら、このサイズになりました」っていう意味でしかないでしょ? にもかかわらず、それをして「スケールモデルである!」と謳ってしまっている。でも本当は、「人間が掴むものだから、このスケールの把手はこのサイズじゃなきゃ」っていう生々しい感覚こそが、スケールモデルの魅力なんですよね。そしてガンプラのなかにあってその部分を担うのが、『U.C.HARD GRAPH』であると。

江上:人間の存在やドラマを感じさせる世界ですね。『M.S. ERA』に載った、ジープに乗った兵士の脇に民間人が歩いているような風景などを想像して、遊んで頂きたいです。そのためにも、本音を言えばたくさん欲しいですよね。さすがにこの写真集を何冊も買うのは、ちょっと厳しいと思いますが(笑)。

——では、今後の『U.C.HARD GRAPH』には、ラコタのフルキットだけでなく、「宇宙世紀民間人フィギュアセット」とかも期待したく!(笑)

今西:まあそこまでは難しいとしても、なんだかんだ言ってコア・ファイターは出せましたからね。

江上:おかげさまで、コア・ファイターは順調に売れていまして、地上だけでなく宇宙の風景にも手が届きつつありますからね。立て続けにとは行かないかもしれませんが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

今西:地道にリリースを続けて、「いずれは2桁ラインナップ、いくんじゃない?」とか、そこはかとない野望を抱いております(笑)。

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