『U.C.HARD GRAPH』開発秘話 3

 『U.C.HARDGRAPH』の開発秘話の第3回目は、このホームページにおける“Review”のページに設置されたコンテンツ“立体作例”にスポットを当てて行こう。
 “立体作例”については、実際に見てもらえればその主旨や内容が判ると思うが、簡単にその内容を説明すると「『U.C.HARDGRAPH』のキットを使用して制作されたジオラマや商品パッケージ用の作例を、自由に回転させて見ることができるコンテンツ」ということになる。ちなみに“立体作例”というコンテンツの名称は、「立体で作られた作例」を指すのではなく、「作例を立体として見る」という意味が込められているのだ。
 一見すると“立体作例”は、『U.C.HARDGRAPH』の開発には直接関係していないように見えるが、映像制作会社としてのサンライズにとっては、企画やデザインに関わった商品が世に出たところで終わるわけではない。プラモデルが立体として完成したものなら、それをより判りやすい映像という形で伝え、将来的に『U.C.HARDGRAPH』がCGムービーとなることまでを考えた場合、この“立体作例”も大事な素材のひとつであり、『U.C.HARDGRAPH』から発展した映像作品と言える。
 では、まずはこの“立体作例”というコンテンツが誕生した背景から紹介していこう。その原点は、『U.C.HARDGRAPH』と同じスタッフが関わっている『MS IGLOO』シリーズのホームページにあった。『MS IGLOO』は、フル3DCGを用いた映像作品であり、劇中に登場するメカはもちろん、キャラクターに至るまで3Dモデリングで制作されている。そこで、「モデリングしたデータをさまざまな角度から見せられないか?」という発想から、『QuickTime VR』という技術を使用し、3Dモデルを自在に動かして見ることができるコンテンツが誕生した。ちなみに、VRとはヴァーチャルリアリティの略であり、『QuickTime VR』は画像をつなげることで立体物をさまざまな角度から眺めたり、建物の内部や風景を見回すことを可能とした技術なのである。
 そこから発展する形で、サンライズが制作したアニメ作品『ゼーガペイン』のホームページでは、『Flash』と呼ばれるソフトを使用。フルCGで制作された主人公メカのゼーガペインをさまざまな角度から見ることができるだけでなく、状況に応じて光装甲や武装が発生するなどを、ホームページを見ているユーザーのクリックによって変化させることができるという新たな表現に到達したのだ。
 こうした、「映像として立体を見せる」という表現のさらなる発展の先にあるのが、“立体作例”なのである。
 では、“立体作例”はどのように制作されているのか? 担当者であるサンライズD.I.D.スタジオの高木朝成氏、そして『U.C.HARDGRAPH』のディレクターである今西隆志氏に話を伺った。

今西隆志氏

「我々は、3Dをベースにした立体的なものを見せていくということをホームページで行ってきて、『U.C.HARDGRAPH』ではその延長としてジオラマを立体として見せたい……そういう発想から“立体作例”はスタートしました。D.I.D.という部署は、実行力の伴った実験部隊的なところなので、新たなトライアルとして実際にジオラマを撮影して映像にするということを始めたわけですね」(今西氏)

 そこで担当となったのが高木氏である。高木氏は、D.I.Dスタジオおいては、先に書いた『MS IGLOO』や『ゼーガペイン』でのVR制作に携わり、さらに携帯電話で配信する動画、さらにはミュージッククリップの制作といったインターネット環境を使用した最新技術による映像表現に技術的な面と制作的な面の両方で携わっている。

「こうした仕事の中でも、“立体作例”は最もアナログ的なことをやっていますね」(高木氏)

 “立体作例”のコンテンツを制作するにあたって、高木氏は『Flash』を使ってムービーを作るだけでなく、素材となるジオラマの写真撮影も自身で行っている。高木氏自らシャッターを切った24枚の映像がつながることで、ジオラマをいろんな角度から見ることができるようになっているのだ。

「ジオラマの撮影は、今までやってきた仕事とはまるで違う作業でした。趣味で、大手メーカーのコンテストにプラモデルやジオラマを見に行くことはありましたけど、それを写真に撮るというのは勝手が違いますからね。当初は本当に手探りで、いろいろと試行錯誤しながら撮影をはじめた感じです」(高木氏)

 現在は一眼レフデジカメを使って撮影したものを素材にしているが、初期の“立体作例”は、コンパクトデジカメで撮影した写真で作られている。実際に技術が進歩している様子は、コンテンツを見て貰えばわかるだろう。

「“立体作例”では、ジオラマを回すことが大前提にあります。ですから、ジオラマが回って目線が動いていく中でどこが面白いのか? 見えないものが徐々に見えてくるのが面白いのか? そんなことを考えながらフォーカスをどこに合わせるかを決めていきます。その変化の状況によってアピールするポイントを変えられるのが1枚の写真での表現とは違う“特徴”ですからね。」(高木氏)

 そんな試行錯誤の中でも、とりわけ重要なのが、撮影のためのライティングだ。

高木朝成氏

「ジオラマの大きさやシチュエーションによってライティングは変えていますし、もちろん回転させて撮ることを考えたライトをセッティングしなくてはならないんです。ジオラマを回転させていくうちに、変な影が入らないように注意しないと、見せたいところが隠れてしまうようなこともありますからね。だから、下から当てるライトを増やすということもしています」(高木氏)

「オールマイティにするなら、全部の角度からライトを当てて影をなくすようなやりかたもあるんですが、そうするとどうしてもミニチュア感がでてしまう。でもジオラマのシチュエーションに合わせたライティングをすることで、例えば「西日が射している感じ」にすれば、情景がより増すわけですから。そうした撮影をすることで、たえずワンパターンにならないようには言っています(笑)。だいたい、僕が『違うことをやれ!』ってわがままなことを言っているので、それを表現するハメになっているんですけどね」(今西氏)

 ジオラマを作ったモデラーの意志を汲み取り、そのシチュエーションに合わせたライティングにすることは、情景模型らしさを映像で演出しているとも言えるだろう。ライティングひとつで、リアルに作られた草木が、ただのミニチュアに見えてしまわないように、それこそ細心の注意が払われているのだ。そして、ジオラマをより情景模型らしく見せる方法も“立体作例”制作には取り入れられている。

「ホバートラックを題材にした『アンダーグラウンド・ソナー』という山田卓司さんの作ったジオラマでは、背景にCGで作った木を合成しています。手前にある木は模型なんですが、撮影の際にブルーバックという手法を使って背景を消して、そこにCG木を配置しました。完成した映像を見ると、どこまでが模型なのか判らなくなっていて、思っていた以上の模型とCGの馴染みの良さを実感して驚きました。」(高木氏)

 こうしたジオラマを見せるための撮影時の努力に加えて、ホームページで見せるということでも、気を使う部分が多い。これも “立体作例”のポイントのひとつでもある。

「ネットの環境は人によってまちまちなので、そこを考えるのも大変ですね。見やすさとクオリティのバランスをとりながら作業をしています。画像のサイズが大きければやれることも違うし、それこそより克明に見ることもできるんですが、それだと見られない人も出てきてしまいますから。なかなか本物を見る機会が少ないプロのジオラマを、自分で近づいたり引いてみたり、回り込んでみたりと、実際に目の前に模型があればやってしまうことをインターネットのおかげでバーチャルにできるようになったわけですから、そう言う部分を可能な限りたくさんの人に味わってもらいたいとは思っています」(高木氏)

「多少データが重くても大丈夫ならば、バーチャル上の模型店の店頭でジオラマをじっくりみる……というようなこともできますからね。10年前に比べれば、インターネットもかなり普及したし、こうやって“立体作例“としてジオラマを見せる価値も高まってきたと思うので、これからはこうしたコンテンツはまだまだ進化すると思います。それが、逆にジオラマという昔からある手作業による模型の楽しさを、新しい技術で復権させるきっかけになって、そうした味わいをデジタルでみることができると面白いと思いますよね」(今西氏)

 こうした見せ方や考え方から、すでに『U.C.HARDGRAPH』においては重要な位置を占めることになっている“立体作例”。映像化に向けた実験のひとつであるという以上に、送り手側はこのコンテンツをどのように味わって欲しいのだろうか? 

「もしかしたら、このコンテンツは我々よりもプラモデルの知識がある人から見ると「お前らどこを見ているんだよ」というところがあるかもしれません。でも、そんな風に目をしかめて見るのではなくて、今までサンライズのサイトに来たことがないようなホビーファンやジオラマファンが見に来てくれて、『ホビージャパン』や『アーマーモデリング』という模型誌と合わせて見て、本には載ってないアングルなどを追加で楽しめると、いい相乗効果になると思うんですよ。ジオラマは徹底的に立体を楽しむものだし、“立体作例”の技術も立体を楽しむ物ですから、写真家の1枚の写真に力をいれるのとは違った魅力として、立体物を一連の流れをとして見る別の楽しみを見出して欲しいですね」(今西氏)

「ボタンひとつで横にアングルが変わるという変化だけでなく、もっと立体的な動きや時間の経過というものも見せていけると思うので、技術的なチャレンジは続けていきたいですね。そして、この“立体作例”を見てくれた人が、「自分もジオラマを作ってみよう」という気持ちになってくれると嬉しいですよね」(高木氏)

 ただジオラマを見るのではなく、自分でボタンを押してアクティブに立体を楽しめる“立体作例”。こうしたクリエイターたちの思いを知って見直せば、今まで見えなかった『U.C.HARDGRAPH』の魅力に気付けるかもしれない。

ジオラマの撮影風景。
ストロボを使用するのではなく、影のできる位置などに
注意をはらったライトのセッティングを行っている。

ジオラマの撮影は、一定の角度で動かして撮るため
手製のメモリのついたターンテーブルを使用。

本文中で触れた、山田卓司氏による作例『アンダーグラウンド・ソナー』。
実際にはジャングルを思わせる木はわずかしか生えていないが、
立体作例ではより深いジャングルの中にいるような雰囲気に仕上がっている。

MS IGLOO公式web
http://www.msigloo.net/
ゼーガペイン公式web
http://www.zegapain.net/

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