『U.C.HARD GRAPH』開発秘話2

 『U.C.HARDGRAPH』の開発秘話をお届けするコーナーの第2回目は、シリーズの主人公である宇宙世紀の兵士たちのフィギュアを生み出す原型師と、そこに導入されるデジタル技術の融合にスポットを当てていこう。前回のレポートで紹介した、フィギュアのモデルとなる人物の全身をスキャニングし、それがどのようにフィギュア制作に用いられるのか? デジタル技術が導入されてさらに進化するフィギュア制作の実状を交えて、『U.C.HARDGRAPH』のフィギュア制作の意図とその可能性を追ってみた。

 これまでの『U.C.HARDGRAPH』シリーズのメインとなっている1/35スケールの宇宙世紀の兵士たちは、フィギュア原型師の手によってハンドメイドで造形されたものをベースに製品化している。
 この原型制作を担当しているのが、ミリタリースケールモデル系のモデラーとしても活躍している鬼丸智光氏だ。鬼丸氏は内外のメーカーが販売するミリタリー系フィギュアやヒストリカルフィギュア(甲冑を着た西洋騎士や歴史上の人物などのフィギュア)の原型制作者としても活躍。リアリティの高いフィギュア制作に関して高い評価を得ている人物である。 『U.C.HARDGRAPH』シリーズのフィギュアは、全て鬼丸氏の制作した原型をもとに制作されており、鬼丸氏がそれまでの原型制作で培ったリアルな人物表現を取り入れることによって、宇宙世紀という架空の世界の兵士ながら、ミリタリー系フィギュアに負けない存在感を醸し出すことに成功している。
 そんな鬼丸氏に話を伺ったのは、5月に開催された第46回静岡ホビーショーの会場。当日は、シリーズ最新作である『地球連邦軍 対MS特技兵セット』の製品版がお披露目され、さらに新たなラインナップとして『ジオン軍 サイクロプス隊セット(仮)』も発表された。その展示の中心となっていた、『対MS特技兵セット』と『サイクロプス隊セット』は、『U.C.HARDGRAPH』シリーズの今後の方向性を示す試みが行われていたのである。
 それが、今回のテーマであるフィギュア造形とデジタル技術の融合。
 実は、『U.C.HARDGRAPH』シリーズでは、開発開始当初からデジタル技術を導入したフィギュア制作を行うことを画策していたのだ。これは、シリーズの開発に関わっているサンライズ側のスタッフが、フルCGで制作された『MS IGLOO』の関係者ということからも判るだろう。
 『U.C.HARDGRAPH』にサンライズが関わる理由のひとつが“立体データとして制作されたCGを本物の立体物であるプラモデルと互換性を持たせることができないか?”ということにあった。そしてこの構想は、デジタル技術に強いサンライズスタッフが関わったことで動き始めていたのだ。しかし、企画スタート直後にはデジタルとアナログを融合させられる状況がととのっておらず、シリーズ開始にあたっては、サンライズ側がミリタリースケールモデル的なアプローチを行うにあたってのデザインや世界観の設定を行い、技術的には従来のプラモデル製作と同じ方法でスタートを切っていたのである。
  そこで、通常のプラモデル同様のフィギュアの造形が行われることになり、それを担うことになったのが鬼丸氏なのだ。
 スケールモデルの世界で活躍していた鬼丸氏は、アニメをベースにしたガンダムとは縁遠いイメージがあるが、実はリアルタイムで『機動戦士ガンダム』の放送を見て、ガンプラブームも体感していた、生粋のガンダムファン。
 『U.C.HARDGRAPH』への参加も、静岡ホビーショーにて企画が初めて発表された際に「1/35スケールでガンプラの新しい展開が始まる」という話を聞きつけて展示を見学に行き、その場で商品担当であるバンダイホビー事業部の江上氏と出会うことで原型制作を担当することとなったのだ。
 まずは本題に入る前に、鬼丸氏が通常どのようにフィギュアを制作し、どんなやりとりを経て完成に至るのかを聞いてみた。

「まずは基本的にはスカルピーと言う高温で熱すると固まる粘土状の素材で基本的な形を作ります。次に、それを型取りして切削性の高いポリパテに置き換えてディテールを彫り込んでいくという方法ですね。工具は文具屋さんでも手に入るデザインナイフを中心に、コンパスの針や精密ドライバーを自分で使いやすいように加工したものを使っています」
 シリーズ第1弾の『ジオン公国軍 機動偵察セット』から最新作となる『地球連邦軍 対MS特技兵セット』までのフィギュアに関しては、出渕氏や草なぎ氏のデザインをもとに、上記の方法で鬼丸氏がまさにゼロの状態から造形を行っている。そして、鬼丸氏がデザイン画に合わせて造形をするだけでは完成に至らない。
「フィギュアの監修に関しては、ある程度の形になったところで監修をしているサンライズのスタッフにお見せするんですが、各デザイナーさんから細かいチェックが入って修正を行います。チェックの内容はフィギュアのプロポーションからシワの表現などのニュアンスに至るまで、細かくチェックが入ります。自分でもあまり気にしていないところの指摘も多いですね。 また、金型におこした際にディテールによっては消えてしまったりする箇所もあるので、 金型作りにあわせてディテールを入れ直すような修正も行います。そんなやりとりを何度か経て、ようやく完成という感じですね」
 ガンプラの制作に関しては、現在CADと呼ばれる設計用のソフトを使用したデジタル的な設計が行われているが、ことフィギュアに関してはそのほとんどが原型師の造形の腕に任せるというアナログ的な手法がメインとなっていた。しかし、『U.C.HARDGRAPH』シリーズでは、フィギュア制作に関してもデジタル技術を導入し始めている。それが、前回のレポートで紹介した軍装をまとったモデルとなる人物をデジタルスキャンして立体データとして置き換え、それを元にフィギュアの造形を行うという作業だ。
 前回も紹介したとおり、全身スキャンによって3Dデータに置き換えられた人体スキャンのデータは、サンライズのDIDスタジオにてモデリングの調整が行われる。そして、そのデータは、静岡のバンダイホビーセンターにある立体切除マシン・光造型機エデンによってスケールにあわせた大きさの立体モデルとして出力される。この段階で、1/35のフィギュアとなっているのだが、そこに鬼丸氏の手が加わることで、デジタル技術と職人技が融合した、より精巧なフィギュアが生み出されるのだ。
 デジタルデータをもとにした素材をフィギュア原型師に提供することは、今までの流れであったデザイン画をもとに立体化するという手法以上に、サンライズと鬼丸氏の共同作業を行ってるという要素が増してくる。それは、シリーズ開始当初から目的にしていたデジタルデータと立体物の互換性に繋がっていると言えるだろう。
  では、こうしたアナログとデジタルを融合させた造形を行ってみた感想とは、どんなものだったのだろうか?
「良かったのは重心の位置がはっきりしていることですね。実はフィギュア制作で苦労する部分のひとつに重心を決めるという要素があるんです。特に動きのあるポーズだと、重心の位置によって印象が大きく異なりますから。ポーズの雰囲気も明確な方向性が見えるので、デザインに沿った造形をしやすいというのはあります」
 立体出力されたフィギュアは、鬼丸氏のもとでデザイン画に合わせた頭部や服装の造形が加えられ、宇宙世紀の兵士としての存在感が増していく。そして、さらに造型師としてのこだわりも加味されているのだ。
「実物を1/35サイズに縮小しても、いいモールドが出ることは少ないので、そのままでは使えないなと私は感じますね。1/35サイズでの見栄えを考慮したシワなんかはある程度作って、表情をつける必要があるんです。そうしないと、フィギュアを塗装するときに困るんですよ。言葉で表現するのは難しいですが、リズムがよくて、感じのいいシワを選定して、生きているシワをわざと作ることがフィギュアとしての完成度をあげることになるんです。それから、プロポーションのバランスも、例えばスキャン元のモデルさんの胸の厚みが 足りなかったりすると、製作するキャラクターのイメージと異なることもあるので、そのあたりの体型調整もしています」
 このデジタルデータをもとにしたフィギュア制作は、『対MS特技兵セット』の試作段階で試験的に導入され、特技兵のポージングの参考資料として試作が作成された。実際に人体をスキャニングして試作を制作することで、スキャニングに際するポイントなどが明らかになり、続く『サイクロプス隊セット』では、ついに本格導入が決定。鬼丸氏にフィギュア制作のベースとなる試作が提供されたのである。
 フィギュア造形におけるデジタル技術の導入は、基本となるポージングという部分ではディレクターである今西氏の意向を大きく反映することができ、造形の面ではそのニュアンスを抽出した造形を可能としている。では、最後にデジタルデータを導入したフィギュア制作の未来について聞いてみよう。

「この手法にはかなりの可能性を感じますね。それこそ、技術が発展したら自分が食べていけなくなりそうで恐いですが(笑)。今回は初めて全身スキャンから作られたものをベースに作業したわけですが、まだまだ馴染みきっていないので、もともと存在する形やディテールに引っ張られてしまって、いつもとは違った造形になっているような気がします。でも、この作業に馴染んで、取捨選択をもっと思い切ってできるようになれば、フィギュア制作の新しい方向性が示せるかもしれないと思いますね」
 このデジタルデータをもとにしたフィギュア制作は、まだ始まったばかりだが、立体物とデジタルデータの互換性という意味では大きな1歩を踏み出したと言えるだろう。
 アナログ的な造形作業ではなかなか正確に出せない骨格や体型のバランスという情報は、スキャンデータをもとにすることでより正確さを得ることができる。逆にCGだけでは出すことができない手作業の造形による生々しさが、フィギュアとしてのリアリティを強調する。こうした情報のやりとりが、映像制作会社であるサンライズが求める立体物とCGの互換性であり、ここで得られた技術はフィギュアの制作に止まらない、さらなる発展の可能性が考えられ、将来的には『U.C.HARDGRAPH』の映像作品化につながるような大きな礎となるだろう。
 バンダイホビー事業部とサンライズが挑む、新たなトライアルがどのような未来を見せるのか? 今後の『U.C.HARDGRAPH』の動向に注目してもらいたい。

 

プロフィール
●おにまるともみつ
1967年生まれ。福岡県在住のフィギュア造型師・ディオラマ造形作家。模型誌でAFV系のモデラーとして活躍しながら、ミリタリーやヒストリカルフィギュアの原型制作を行っている。ハセガワ、トランペッターなどのプラモデルメーカーのフィギュアの原型、大将モデリングヒストリカルフィギュアの原型などを提供。

シリーズ初の試みとなる躍動感のあるポーズで作られたフィギュア造形がポイント。「周りからの評判も良く、特に対MS用の大型砲を持つ兵士のポーズは、動きも含めてうまくできたと思っています」(鬼丸)

鬼丸氏がデジタルデータをベースに、頭部を出渕氏のデザインをもとに新たに制作した原型。モデルとなった川口氏の写真と川口氏のデジタルスキャンによるデータと比較すると、制作の過程がよくわかる。

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